【結論】
金銭の支払を伴う離婚条件を取り決めるのであれば,原則として公正証書にすべきです。ただし2026年4月1日施行の改正民法により養育費に先取特権が付与され,公正証書がなくても差押えができる場面が生まれました。これにより,公正証書を作る意義の重心は,「いくらを,いつまで,どのような場合に」という内容の確定と,養育費以外の金銭の回収に移っています。
【公正証書が強制執行の根拠になる条件】
私文書の合意書は,そのままでは差押えの根拠になりません。訴訟を経て判決を得る必要があります。
これに対し,公正証書は一定の要件を満たせば債務名義となります。すなわち,①公証人が作成した公正証書であること,②金銭の一定の額の支払またはその他の代替物等の給付を目的とする請求であること,③債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述(強制執行認諾文言)が記載されていること,の三つです(民事執行法22条5号)。
重要なのは②です。金銭の支払以外の約束は,公正証書にしても直接強制執行できません。親子交流の実施,不動産の名義変更手続,接触禁止の誓約といった条項は,公正証書に書いても執行力を持ちません。
親子交流については,日時・頻度・各回の時間・引渡しの方法などが特定されていれば間接強制が可能とされていますが(最決平成25年3月28日・民集67巻3号864頁),その根拠となるのは調停調書や審判であり,公正証書ではありません。親子交流を実効化したいのであれば,調停での取決めを選ぶべきです。
【改正で何が変わり,何が変わらないか】
2026年4月1日施行の改正民法により,子の監護の費用に関する定期金債権に一般の先取特権が認められました(民法306条3号,308条の2)。一般の先取特権は,債務名義がなくても担保権の実行として差押えを申し立てることができます。
また,取決めをしないまま協議離婚した場合に備えて,法定養育費の制度が新設されました(民法766条の3)。
もっとも,先取特権で回収できる範囲には上限があります。裁判所の案内によれば,父母間で取り決めた養育費については月額8万円に子の数を乗じた額が,法定養育費については月額2万円に子の数を乗じた額が,それぞれ上限とされています。
したがって,①月8万円を超える養育費,②財産分与・慰謝料・解決金など養育費以外の金銭,③既に発生している未払分の一括回収については,従来どおり債務名義が必要です。公正証書の必要性がなくなったわけではありません。
【作成時の実務上の要点】
まず,金額・支払日・振込先・終期(「22歳に達した後の最初の3月まで」等)を一義的に特定します。「進学の際は別途協議する」といった条項は,執行の場面では機能しません。増額事由を定めるなら,発動条件と金額の算定方法まで書き切ります。
次に,期限の利益喪失条項を入れておきます。これにより,一部の不履行があった場合に将来分も含めた対応がしやすくなります。あわせて,給与差押えの実効性にも目を向けてください。扶養義務等に係る定期金債権については,将来分の差押えが可能であり(民事執行法151条の2),給与の差押禁止範囲も2分の1に緩和されています(同法152条3項)。
作成後は,正本・謄本の送達を済ませ,送達証明を受け取っておきます。これがないと執行に入れません。
なお,令和7年10月1日から公正証書の手続がデジタル化され,オンラインでの嘱託やウェブ会議による作成が可能になりました。遠方の相手方との間でも,作成のハードルは下がっています。
【最後に】
公正証書は「作れば安心」というものではなく,書き方次第で執行できるかどうかが決まります。先取特権の創設により,どこまでを公正証書で手当てすべきかの判断も変わりました。
当事務所では,福岡を中心に,離婚条件の設計から公正証書案の作成,公証役場との調整までお手伝いしています。すでにある合意書の見直しについてもご相談ください。