コラム

「既に婚姻関係は破綻していた」という反論への対応

2026.10.05

【結論】

不貞慰謝料を請求したところ,相手方から「交際を始めた時点で夫婦関係はすでに破綻していた」と反論されることがあります。この反論は,認められれば請求がほぼ全部棄却される強力なものです。もっとも,破綻を基礎づける事実を主張立証する責任は反論する側にあり,別居の有無とその時期が最大の分かれ目になります。同居が続いていた事案で破綻が認められることは,実務上まれです。

【この反論が持つ意味】

最高裁は,婚姻関係がすでに破綻している夫婦の一方と肉体関係を持った第三者は,特段の事情がない限り,他方配偶者に対して不法行為責任を負わないと判断しています(最判平成8年3月26日・民集50巻4号993頁)。

不貞慰謝料が保護しているのは,婚姻共同生活の平和という利益です。その平和がすでに失われていたのであれば,侵害されるべき利益が存在しない,という筋道になります。

したがってこの反論は,慰謝料の金額を下げるための主張ではなく,請求そのものを消滅させる主張です。「多少減額されるだけだろう」と受け止めると,見通しを誤ります。

【破綻の有無を分ける事情】

裁判所は,不貞行為が始まった時点を基準に,当時の夫婦の生活実態を総合的に評価します。

破綻を認める方向に働くのは,不貞開始前からの別居とその期間の長さ,離婚調停や離婚訴訟の係属,離婚条件を記した書面の存在,生活費の送金停止といった事情です。

逆に,同居の継続,家計の同一性,子の学校行事への同席,家族での旅行,不貞発覚後も同居が続いたことなどは,破綻を否定する方向に働きます。

争点化しやすいのが「家庭内別居」です。会話が少ない,寝室が別というだけでは破綻と評価されにくく,食事・洗濯・家計の管理・対外的な夫婦としての振る舞いまで断絶していたかが問われます。

【反証をどう組み立てるか】

まず,不貞行為の開始時期を特定します。開始時期が動けば,評価すべき基準時も動くためです。

そのうえで,その時点の生活実態を客観資料で示します。住民票の異動の有無,給与振込口座から生活費がどう流れていたか,公共料金やクレジットカードの明細,家族写真の撮影日,保育園・学校の連絡帳,年末調整における扶養の記載などが有効です。

相手方の破綻主張は,不貞をした配偶者から聞いた話に依拠していることが少なくありません。その供述を裏付ける客観資料があるのかを早い段階で求め,出てこないのであればその事実を記録に残しておくことが,判決だけでなく和解条件にも影響します。

なお「破綻していると聞かされ,そう信じていた」という主張は,破綻の有無そのものとは別に,故意・過失の問題として扱われます。交際の経緯や既婚の事実をいつ認識したかとあわせ,そう信じたことに相当の理由があったかを検討することになります。

【あわせて押さえておきたい点】

第一に,不貞相手に対して「離婚に至ったこと自体」の慰謝料を上乗せする主張は,原則として通りません。最高裁は,第三者が夫婦を離婚させることを意図して婚姻関係に不当な干渉をしたなどの特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を第三者に請求することはできないとしています(最判平成31年2月19日・平成29年(受)第1456号)。

第二に,夫婦が離婚しない場合,不貞相手が支払った慰謝料について不貞配偶者への求償が問題となり,結果として支払額の一部が同じ家計に戻る構造になり得ます。請求の実益を考えるうえで,この点を最初に整理しておくべきです。

【最後に】

破綻の抗弁は,出てきた時点で事件の構造が変わります。反論を受けてから資料を探し始めると,同居の実態を示す資料がすでに失われていることも珍しくありません。請求を検討する段階で,不貞開始時期と当時の生活実態を裏付ける資料を確保しておくことが重要です。

当事務所では,福岡を中心に,不貞慰謝料を請求する側・請求される側の双方について,証拠の評価と見通しをお示ししたうえで対応しています。破綻の抗弁への備えを含め,お早めにご相談ください。