はじめに
2020年4月1日に改正民法が施行されます。
本改正が個々の企業などの契約事務に与える影響は多岐にわたる可能性があり,不測の自体や損害等が生じることのないように,より早期に準備を進めることが肝要です。
そこで,本コラムでは,連載シリーズとして,売買契約書,請負契約・賃貸借契約,雇用契約,委任契約,寄託契約,リース契約,事業譲渡契約,融資・保証契約ごとに,民法改正の内容を説明し,それを踏まえた上で契約書作成をする際の留意点を述べていきます。
まずは,本コラムでは,民法改正により,売買契約書がどのように影響を受けるかです。
改正された主な点として,以下が挙げられます。
① 売主の対抗要件具備義務が明記されたこと(改正民法560条)
② 手付に関する条文について変更が加わったこと(改正民法557条)
③ 危険負担に関する債権者主義に関する条文が削除されて債務者主義が採用されたこと(改正民法536条)
④ 売主の瑕疵担保責任について「契約不適合」の概念が導入され,瑕疵担保責任の存続期間についても変更が加えられたこと(改正民法562条,566条)
もっとも,上記①と③については,一般的な売買契約書では,改正民法のとおりに規定されている内容であり,②については判例法理を明確化したに過ぎませんので,売買契約実務への影響は大きくないといえます。他方で,④については,実務に一定程度の影響があります。
本コラムでは,民法改正に伴う売買契約書作成の留意点として,④を含めて改正された点を解説していきます。
まずは,契約書一般にわたりますので,債務不履行解除について解説いたします。
現行民法では,解除ができる場合として,「履行遅滞等による解除権」(民法541条),「定期行為の履行遅滞による解除権」(民法542条)および「履行不能による解除権」(民法543条)が定められています。
改正民法では,「催告による解除」(改正民法541条)および「催告によらない解除」(改正民法542条)が定められ,「履行遅滞等による解除権」は「催告による解除」に,「定期行為の履行遅滞による解除権」および「履行不能による解除権」は「催告によらない解除」に整理されています。
以下,個別に説明いたします。
軽微な不履行(改正民法541条)
改正の内容
契約書作成の留意点
条文上は「契約目的を達成できるか否か」を問わないですが,これが「最も重要な考慮要素」となるとされています(一問一答236頁)。
実務において,契約を解除しようとする場合に「軽微」かどうかが争われる機会が増えることが予想されます。
したがって,契約書の文言上は,解除事由をより具体的に定めたり,あえて軽微な事由が除外される形で解除自由を明記したりすることによって,こうしたリスクを軽減することが得策です。
第◯条 1 甲が次の各号のいずれかに該当する場合において,…本契約の解除をすることができる。 一 ◯,◯その他の金銭を支払うことを怠ったとき(その支払期限から◯日以内に支払われたときを除く。) 二 その他本契約に定める条項に違反したとき。ただし,相手方に対し催告したにもかかわらず◯日以内に当該違反が是正されないときに限る。 |
債務者の帰責事由(改正民法541条,542条)
改正の内容
現行民法では履行遅滞,定期行為の履行遅滞及び履行不能による解除の場合に,債務不履行が債務者の帰責事由によるものであることが契約の解除の要件であると解されてきました。
改正民法では,解除権の発生の要件として,債務者の帰責事由を求めないことになりました。
契約書作成の留意点
「債務者の帰責事由」の要否が明記されていない場合には,基本的には,改正民法に従って債務者の帰責事由がなくても解除権が発生するものと考えられますが,明記されていないことによって混乱が生じる可能性があります。
そのため,改正民法による変更点を契約書に明記することにより,無用な紛争による時間とコストの発生を避けることが得策です。
第◯条 1 甲が次の各号のいずれかに該当する場合において,…乙は,甲の責めに帰すべき事由の有無にかかわらず,本契約の解除をすることができる。 |
履行不能等による無催告解除(改正民法542条)
改正の内容
改正民法では,履行不能だけでなく,履行拒絶の意思を明確に表示した場合も無催告解除が可能となることを明文化されました。また,契約の全部の解除か一部の解除かで要件を分けるなどして履行不能による解除権の発生原因を定めています(改正民法541条1項1号〜3号・2項)。
また,改正民法では,債務者が履行せず,催告をしても契約の目的を達するに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるときについて,無催告解除を認めています(改正民法542条1項5号)。
契約書作成の留意点
契約書に定められた解除権の要件として事前の催告を明文上で必要としている場合であっても,改正民法542条1項各号又は2項各号に該当するときは,無催告解除が可能と解釈されるケースが多いでしょう。
もっとも,実際に無催告解除をしようとしても契約書に明記された取扱いと異なることにより債務者から理解が得られないおそれもあります。
したがって,少なくとも改正民法542条1項各号または2項各号に掲げる場合に無催告解除を認めることとするのであれば,契約書上もその旨を明記しておくことが望ましいといえます。
第◯条 1 甲が次の各号のいずれかに該当する場合において,…本契約の解除をすることができる。 一 … 2 民法第542条1項各号に掲げる場合又は同条第2項各号に掲げる場合には,乙は,前項の催告をすることなく,直ちに契約の全部又は一部の解除をすることができる。 |
債権者の帰責事由(改正民法543条)
改正の内容
契約書作成の留意点
債権者に帰責事由がある場合には解除ができないことを契約書に明記しない場合,特約により改正民法の適用を排除する趣旨なのか否かといった解釈の疑義が生じるおそれがあります。
そこで,債務者の立場であれば,債権者に帰責事由がある場合には解除ができないことを契約書において明記するよう主張することも考えられます。
第◯条 1 甲が次の各号のいずれかに該当する場合において,…本契約の解除をすることができる。 一 … 2 民法第542条1項各号に掲げる場合又は同条第2項各号に掲げる場合には,乙は,前項の催告をすることなく,直ちに契約の全部又は一部の解除をすることができる。 3 第1項各号に掲げる事由の発生が,乙の責めに帰すべき事由による場合には,乙は,前二項の規定による本契約の解除をすることができない。 |